白泉社刊行『花よりも花の如く』18巻と『魔法にかかった新学期』2巻の中で、
利用者のプライバシー保護にかかわる描写がありました。『花よりも花の如く』18巻では小学生時代の回顧シーンにおいて、主人公がカウンターの職員から同級生の名前が記入されている貸出カードを見せてもらう、という場面がありました。『魔法にかかった新学期』2巻では閉鎖された空間からの脱出方法を探るために、図書委員経験者の生徒がパソコンから利用者を探す場面がありました。どちらとも図書館利用者のプライバシー保護という点から問題があります。そこで、プライバシーに対する配慮をお願いするとともに、学校図書館の現状と本会の考えを伝えるために、全国委員会の検討を経た以下の文書を白泉社宛てに送付しました。
2019年3月15日
白泉社『メロディ』編集者 様
学校図書館問題研究会
代表 狩野 ゆき
『花よりも花の如く』18巻と『魔法にかかった新学期』2巻における利用者のプライバシーにかかわる描写について
私たち学校図書館問題研究会は、学校司書や司書教諭などの学校図書館関係者、公共図書館関係者、市民、研究者など、学校図書館に関心をもつ幅広い会員で構成されている個人加盟の研究団体です。一人ひとりが自分の実践を持ち寄り、みんなで検証し合い、理論化していくことで、学校図書館の発展をめざしています。
さて、以下の作品の中に、学校図書館の利用者のプライバシー保護という観点から、問題があると思われる描写がありました。そこで、学校図書館の現状をご理解いただくとともに、私たちの考えをお伝えしたいと思い、手紙を差し上げた次第です。
『花よりも花の如く』18巻 132p には、小学生時代の回顧シーンにおいて、主人公がカウンターの職員から同級生の名前が記入されている貸出カードを見せてもらう、という場面があります。回想は17年前なので、当時の状況を考えればカードによる貸出方式が採用されていた学校もあったと思います。けれども、職員が利用者の情報を本人に許可をとらずに第三者に教えることには問題があると考えております。
また、『魔法にかかった新学期』2巻 40-42p では脱出の方法を探るために、図書委員経験者の生徒がパソコンから利用者を探す場面があります。本来パスワード管理も含め職員が行う業務ですが、現状では図書委員会の生徒もカウンターでの貸し出し作業を行うことはあります。ただ生徒がその際に知りえた利用者の個人情報はほかに漏らさないことは、現場では確認していることです。命のかかった状況での行動ですが、安易に貸し出し情報を目的外使用する描写がされたことは残念に思います。
本を読むという行為は、その人のプライバシーに属することです。学校図書館も含めて図書館は、利用者の読書事実などの秘密を守る責務があります。図書館が秘密を守るからこそ、利用者は安心して本を読むことができるのです。しかしながら、フィクションとは言え、こうした描写は、自分の学校図書館でも読書事実が容易に知られてしまうかもしれない、という印象を読者に与えかねません。さらに、プライバシー保護に対する読者の意識を鈍感にしてしまい、こうした状態を社会が是認することにつながることも心配されます。
ただ、学校図書館では業務を専任・専門で担当する職員が少なく(現在、学校司書が配置されているのは、非常勤職員を含めても、小・中学校で約59%、高校で約66%)、それに加えて利用者のプライバシーに対する学校全体の意識もまだ十分とは言えません。そのため、たいへん残念なことではありますが、利用者の貸出記録が簡単に見られたり、教員に提供されたりする学校図書館が少なくないというのが現実です。
日本図書館協会は1954年に「図書館の自由に関する宣言」を採択しています。これは、図書館が戦時中に軍部の圧力に抗し切れず、利用者の情報を教えるなど、結果的に戦争に加担してしまったことへの痛烈な自己批判から採択されたものです。学校図書館関係者にとってもこの宣言は精神的な支柱です。その精神に沿って、本会でも結成以来、利用者のプライバシーを守るために、貸出方式や利用者への連絡方法を工夫し、子どもたちの「知る自由」や「読む自由」を保障する学校図書館のあり方を追究しています。2018年には「学校図書館のためのプライバシー・ガイドライン」を策定しました。
現在、様々なところで個人情報やプライバシー情報の漏洩・流出が問題になっています。悪用するためにそうした情報を盗む場合もありますが、互いのプライバシーを大切にするという基本を忘れて、きちんと対策をとらなかったために漏洩してしまった事例も少なくありません。もしも、すべての人が単に知識としての「プライバシー」ではなく、子どものうちから身をもって「プライバシーが守られる」体験をし、人権感覚を養っていたら、起こらなかった事件も多いのではないでしょうか。これは、学校や図書館という場所だけでなく、社会全体が十分に配慮すべきことだと思います。
この機会に、学校図書館における利用者のプライバシー保護についてもお考えいただき、ご配慮をいただければ幸いです。また、両作品とも人気の作者で、学校図書館に蔵書としておかれることもありますので、学校図書館では利用者のプライバシーに配慮するよう努力している旨の註の付記についても、ご検討いただきますようお願い申し上げます。
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