『週刊少年ジャンプ』掲載の
「斉木楠雄のΨ難 第170χ 図書室のΨ難」における
利用者のプライバシーにかかわる描写への対応について
『週刊少年ジャンプ』2015年11月16日号掲載の「斉木楠雄のΨ難 第170χ 図書室のΨ難」において、利用者のプライバシーにかかわる描写がありました。掲載されたマンガでは、本を借りた利用者の名前が記載されている貸出カードが軸となって、ストーリーが展開していきます。貸出カードのこうした取り扱いは、図書館利用者のプライバシー保護という点から問題があります。そこで、学校図書館の現状を理解していただくとともに、学図研の考えを伝えるために、全国委員会の検討を経て以下の文書を作成し、編集者と作者宛てに送付しました。
※手紙の PDF版を 要望書・アピール のページに公開しています。 印刷できるファイルをご希望の場合はそちらをご覧ください。※文書の内容の下に、『週刊少年ジャンプ』編集人・瓶子吉久氏名義の回答を掲載してあります。
2015年12月21日
『週刊少年ジャンプ』編集者 様
麻生周一 様
学校図書館問題研究会
代表 谷嶋 正彦
『週刊少年ジャンプ』2015年11月16日号掲載の
「斉木楠雄のΨ難 第170χ図書室のΨ難」における
利用者のプライバシーにかかわる描写について
私たち学校図書館問題研究会は、学校司書や司書教諭などの学校図書館関係者、公共図書館関係者、市民、研究者など、学校図書館に関心をもつ幅広い会員で構成されている個人加盟の研究団体です。一人ひとりが自分の実践を持ち寄り、みんなで検証し合い、理論化していくことで、学校図書館の発展をめざしています。
さて、『週刊少年ジャンプ』2015年11月16日号に掲載された「斉木楠雄のΨ難 第170χ 図書室のΨ難」では、本を借りた利用者の名前が記載されている貸出カードが軸となって、ストーリーが展開していきます。私たちは、図書館利用者のプライバシー保護という点から、貸出カードのこうした取り扱いには問題があると考えます。また、現在はコンピュータによる貸出方式の導入が進み、貸出カードを使わないところが増えています。そこで、学校図書館の現状をご理解いただくとともに、私たちの考えをお伝えしたいと思い、手紙を差し上げた次第です。
本を読むという行為は、その人のプライバシーに属することです。学校図書館も含めて図書館は、利用者の読書事実などの秘密を守る責務があります。しかし、今回のストーリーでは学校図書館は貸出記録を第三者に漏らさないための方策をとっていません。そのため、自分の学校図書館でも読書事実が容易に知られてしまうかもしれない、という印象を読者に与えかねません。さらに、プライバシー保護に対する読者の意識を鈍感にしてしまい、こうした状態を社会が是認することにつながることも心配されます。
ただ、学校図書館では業務を専任・専門で担当する職員が少なく(現在、学校司書が配置されているのは、非常勤職員を含めても、小・中学校で約50%、高校で約65%)、それに加えて利用者のプライバシーに対する学校全体の意識もまだ十分とは言えません。そのため、たいへん残念なことではありますが、利用者の貸出記録が簡単に見られたり、教員に提供されたりする学校図書館が少なくないというのが現実です。つい最近も、村上春樹氏が母校の高校図書館で借りた本の貸出カードが流出し、新聞で公表されるということがありました。そのカードには、村上氏のほかにもその本を借りた当時の生徒の名前などが記入されていました。
日本図書館協会は1954年に「図書館の自由に関する宣言」を採択しています。これは、図書館が戦時中に軍部の圧力に抗し切れず、利用者の情報を教えるなど、結果的に戦争に加担してしまったことへの痛烈な自己批判から採択されたものです。学校図書館関係者にとってもこの宣言は精神的な支柱です。その精神に沿って、本会でも結成以来、利用者のプライバシーを守るために、貸出方式や利用者への連絡方法を工夫し、子どもたちの「知る自由」や「読む自由」を保障する学校図書館のあり方を追究しています。
現在、いろいろなところで個人情報やプライバシー情報の漏洩・流出が問題になっています。悪用するためにそうした情報を盗む場合もありますが、互いのプライバシーを大切にするという基本を忘れて、きちんと対策をとらなかったために漏洩してしまった事例も少なくありません。もしも、すべての人が単に知識としての「プライバシー」ではなく、子どものうちから身をもって「プライバシーが守られる」体験をし、人権感覚を養っていたら、起こらなかった事件も多いのではないでしょうか。これは、学校や図書館という場所だけでなく、社会全体が十分に配慮すべきことだと思います。
この機会に、学校図書館における利用者のプライバシー保護についてもお考えいただき、今後の作品づくりに生かしていただければ幸いです。また、単行本化にあたっては、学校図書館では利用者のプライバシーに配慮するよう努力している旨の註の付記についても、ご検討いただきますようお願い申し上げます。
この文書に対して、12月24日付で『週刊少年ジャンプ』編集人・瓶子吉久氏名義の回答をいただきました。
回答の要旨は以下のとおりです。
【回答要旨】
- 本漫画は、現実ではありえない空想的ストーリーを描いたフィクションであり、そこで描かれている内容は、現在社会問題化している「貸出カードの悪用」という問題とは、本質的に異なるものであるということをご理解いただきたい。
- 「問題がある」というべきは、貸出記録が第三者によって容易に閲覧可能であるという旧来型の貸出カードシステムそのものであろうかと思います。
- そうしたシステムがいまだ現存しているのは紛れもない事実であり、その存在をひとつの小道具として登場させ、空想的なストーリーをつくりあげたことをもって「取り扱いに問題がある」とされるのは、不本意であると言わざるを得ません。
- 仮に、この漫画のストーリーが、貸出カードというシステムを悪用した模倣可能なリアルなストーリーであるなら貴会の申入れも理解できないではありませんが、本漫画の内容がそうしたものでないことは、すでに述べた通りです。
- 以上のことから、「註の付記」については見送らせていただきます。
- しかし、貴会が取り組んでおられる学校図書館における利用者のプライバシー保護の問題については、当編集部も問題意識を共有し、今後の作品づくりに活かしてまいりたい。
以上
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