村上春樹氏の高校時代の学校図書館貸出記録が神戸新聞に公表されたことに関する見解
作家の村上春樹氏が母校の兵庫県立神戸高等学校図書館で借りた本の図書カード(本についている貸出用のカード)が、2015年10月5日の神戸新聞ネットニュース及び夕刊で公表されました。これは、神戸高校図書館の廃棄図書に残っていた図書カードが、カードに氏名が載っている本人の同意なく神戸新聞に提供されたものです。公表されたカードには、村上氏のほかにもその本を借りた当時の生徒の学年、組、氏名、貸出日、返却日が記入されており、それらがはっきりと読み取れる状態の画像が掲載されました。
私たち学校図書館問題研究会は、1985年の結成当時から利用者のプライバシーを守ることの大切さについて議論を重ねてきました。1988年には「のぞましい貸出方式が備えるべき五つの条件」を確認し、その5つめには「返却後、個人の記録が残らない」とあります。私たちは、今回のできごとが利用者のプライバシー保護の点から問題があると考えます。このことについて私たちの考えをお伝えし、広く議論されることを願って、見解をまとめました。
村上春樹氏の高校時代の学校図書館貸出記録が
神戸新聞に公表されたことに関する見解
2015年10月18日
学校図書館問題研究会
作家の村上春樹氏が母校の兵庫県立神戸高等学校図書館で借りた本の図書カード(本についている貸出用のカード)が、10月5日の神戸新聞ネットニュース及び夕刊で公表されました。そのカードには、村上氏のほかにもその本を借りた当時の生徒の学年、組、氏名、貸出日、返却日が記入されており、それらがはっきりと読み取れる状態の画像が掲載されました。図書館の貸出記録が漏洩・流出することは決してあってはならないことであり、これは明らかに利用者のプライバシーの侵害です。
たとえば、これが指導要録のように成績や行動記録等が載っているものであったら、果たして公開されたでしょうか。貸出記録は指導要録と同様の個人情報であり、さらに個人の思想・信条とつながるセンシティブな情報でもあります。
兵庫県の「個人情報の保護に関する条例」は、本人の同意なく個人情報を外部に提供することを禁じ(第7条)、その適正な管理と保有する必要のなくなったものの廃棄又は消去を義務づけています(第10条)。また、職員には退職後も含めて守秘義務があります(第11条、「地方公務員法」第34条)。今回は、廃棄図書に入っていた図書カードが処分されず、さらにカードに氏名が載っている本人の同意なく外部に提供、公開されており、これらの条例や法律に抵触するものです。村上氏が社会的関心の高い公人であるというのは、提供や公開の理由になりません。
図書館では個人情報保護法制が整備される前から、「図書館の自由に関する宣言」(日本図書館協会)を採択して、「読者が何を読むかはその人のプライバシーに属することであり、図書館は、利用者の読書事実を外部に漏らさない」ことを確認し、その実践に努めてきました。これは、すべての図書館に妥当するものです。今回公開されたのは何十年も前の記録ですが、「忘れられる権利」が注目されているように、古いから公開してもいいというものではありません。現在だけでなく将来においても貸出・閲覧などの読書や図書館利用に関する秘密を守ることが、多様な資料や情報への自由なアクセスを保障することにつながります。
プライバシー権は大人だけのものではなく、「子どもの権利条約」第16条にもあるように、いかなる子どものプライバシーも尊重されなければなりません。また、「ユネスコ学校図書館宣言」は「知的自由の理念を謳い、情報を入手できることが、民主主義を具現し、責任ある有能な市民となるためには不可欠である」と謳っています。学校図書館は子どもたちのプライバシーを守って、読みたい本や知りたい情報に安心してアクセスできるように保障し、資料や情報を確実に提供することで、子どもたちの豊かな学びと育ちを支えるのがその役割です。
かつての学校図書館ではプライバシー意識が不十分で、図書カードや利用者カード(帯出者カード)に貸出記録が残る貸出方式を採用しているところがほとんどでした。1980年頃からプライバシーに関する問題意識が広がり、個人の貸出記録が残らない方式を取り入れるところが増えていきました。しかしながら、現在でも記録を残さない貸出方式が完全に行われているとはいえません。また、学校の中で、あるいは保護者や市民の中で、貸出記録の扱いについて広く理解されているとも言い切れない状況です。これには、学校図書館を学校教育の中に生かすことのできる学校司書配置が不十分な現状も、大きく関係していると考えられます。
私たちは今回のできごとが、学校図書館(担当者)自らがプライバシーについてあらためて考える機会になることを強く願っています。また、マスコミなどで学校図書館の現状が紹介され、プライバシー保護をはじめとした学校図書館をめぐる課題について広く議論されていくことを期待します。
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